平成29年5月31日(水)関西ラグビーフットボール協会に於いて、医務委員会・安全対策委員会による「熱中症」に関する意見交換会を実施しましたので、報告いたします。
関西ラグビーフットボール協会医務委員会・安全対策委員会意見交換会
「熱中症を語る!!」
平成29年5月31日(水)関西ラグビーフットボール協会事務所に於いて
出席者
笠次 良爾 奈良教育大学教育学部教授・(公社)日本トライアスロン連合メディカル委員会委員長
外山 幸正 関西ラグビー協会医務委員会委員長
佐光 義昭 関西ラグビー協会安全対策委員会委員長・大阪府立布施工科高校ラグビー部顧問
中村夫左央 関西ラグビー協会医務委員会学術部会長・大阪府協会安全対策委員会委員長
新井 達也 関西ラグビー協会医務委員会総務部・大阪府ラグビー協会医務委員長
尾原 善和 関西ラグビー協会医務委員会学術部会委員
外山氏:
この対談も6回目となりますが、この対談が始まってから熱中症による死亡は関西では起きていません。今年も、ご自身もかつては選手であり、トライアスロン大会、マラソン大会の医療に永年関わられている笠次先生をお迎えして、勉強させていただきます。
笠次:
●OS-1
今年も声をかけていただき、ありがとうございます。
まず目の前の机上にOS-1が有るので、この話題から。以前から経口補水液として有名な大塚製薬のOS-1は、乳酸Naからクエン酸Naへ変わったことで、飲みやすくなっています。ちょうど、ポカリスエットの少し濃い感じです。あと、保存期間が9か月から1年へ延長されているのも、熱中症用常備品として次のシーズンまで持ち越せるので使いやすくなっています。大塚製薬の担当者に聞いたところ、一般市民におけるOS-1に対する使用実態は、認知度8割、使用度2割と言うことで、このギャップは「OS-1は不味い」という印象が広まっていることによるということです。現在のOS-1は以前の製品より飲みやすくなっているので、食わず嫌いではなく、一度使ってみられることをお薦めします。
尾原:
●こむらかえり
「熱中症の前駆症状のひとつ」であるが、昔は熱中症とは思わなかった。
試合の後半に起きるような「単なる筋痙攣」と見分けがつかない。
新井:
マラソン途中でふくらはぎが攣ってきた時には、筋痙攣に対してはマグネフォース(塩化マグネシウム)というものをよく使います。数滴(水に溶かして?)飲むと本当にすぐに治ります。塩化マグネシウムとは「にがり」として使われているものです。まず筋痙攣を抑えて、そのあとに脱水やNaの補正にかかります。
笠次:
筋痙攣は、筋疲労によるものもあるし、熱中症(脱水)の症状として出現しているものもあると思う。奈良マラソンのフィニッシュ救護所での救護を毎年担当しているが、どちらの要因も考えられる。現場での初期対応は大勢の救護所受診選手へ対応しなければならないため、筋疲労、脱水どちらの可能性も念頭に置いて、経口摂取可能な場合は水分、塩分を摂取させた方が救護所運営としてはやりやすい。塩化マグネシウムの使用で痙攣を止めるのは、症状の軽減には有効であるが、もし熱中症の初期症状であれば、ナトリウムの喪失分の補正をする前に症状だけ止めることになるから注意した方が良い。症状を止めつつ、自分の塩分喪失の程度を推測し、塩分の補給も併せて行うのが良いと思われます。
●熱中症の起きやすい人
笠次:
・肥満体形 皮下脂肪で熱放散が妨げられる。
・体調不良 (睡眠不足 食事がとれていない 下痢)
特に下痢、食事が摂れていないと、そもそも運動前に脱水が進んでいる可能性が高いから、短時間の運動でも熱中症になってしまう。夜寝ている間に発汗が進む、朝ご飯をしっかり食べていない時など、朝一番の練習の時には特に気をつけた方が良い。
●暑熱馴化不足の時期
それ程暑くない時期でも、前日より急に熱くなってくる時(春から梅雨の頃)でも起きる。だから、5月から6月の運動会も要注意。暑熱順化は、暑い中でじっとしているよりも、適度に運動を行った方が早く順化しやすい。
●汗をかく能力の低下とクーラー
3歳か4歳までに汗腺の数は成人と同数になる。乳幼児の時期にクーラーをつけて育っていると汗腺が減少する。また、練習への送迎の車中で、親がクーラーをつけてしまう ⇒ 親の教育も必要ではないか。
佐光:熱中症になった生徒の自宅に伺った時に、クーラーがきつく、寒いと感じることがあった。中学にクーラーが導入された年から数年、熱中症が増えるので教師は嫌がる。
●食事
笠次:
食事制限による体重減量をしようとしている時は、注意した方が良い(肥満の共通点として推測)。起床時に毎日体重を測ることは減量中の励みになるが、前日と比べて1kg以上急激に体重が減少しているときには、体脂肪が減少しているのでは無く、短時間での急激な体重減少は脱水状態である。その状態から十分な水分摂取を行わずに運動を行うと、短時間の運動でも熱中症になる可能性があるので、特に減量中は気をつけた方がよい。従って、朝を食べずに減量をしようとするのも、脱水状態で運動を行うことになっているかもしれないので、注意が必要である。
佐光:
合宿で食の細い子供が増えている。食べる生徒は強いのは事実である。よく食べる生徒は、ご飯をたくさん食べるために、合宿にふりかけを持参して、かけてでも食べる。手軽なカップラーメンの多用は困る。
笠次:
子ども、大人にかかわらず、基本的に必要な栄養素は、炭水化物(主食)の次に野菜(副菜)、そしてその次に主菜(肉・魚・卵、大豆など)である。果物を二番目に位置づけているピラミッドもある。保護者に出来ることは、子どもが帰宅後にお腹を減らして冷蔵庫を開けた時に、牛乳やくだもの、野菜があることが、意外と大切。食べたいときに、ジャンクフードでは無くちゃんとした食事が摂れることが重要である。弁当の子供が減っている。弁当箱のスペースは、栄養素が黄金比率、主食(炭水化物):副菜(野菜):主菜(タンパク質):=3:2:1が望ましい。家庭での食生活、栄養バランスが悪くなっている。
親の教育 母親が働く家庭が増えて、配慮がいきわたらない家が増えている状況では?
熱中症にならない食事の工夫はないのか(今後の期待)
信州大学の能勢先生の研究で、運動後30分以内の牛乳摂取(炭水化物:タンパク質=3:2)が、アルブミンの合成を促し、循環血液量の増加に繋がるので、熱中症に強くなると提唱されている。
キムチ トウガラシなど 香辛料に汗かく効果はないのか?
山芋 オクラ レモンとはちみつ 焼肉などの効果はあるのか?
中村:
●代謝との関係は今後の課題
暑いところに暮らしている人には熱中症はあまり聞かない。
インド人や沖縄などの人の方が、基礎代謝が低いというデータがある。これは何を意味しているのか?
●体温測定に関して、深部体温を正確に測ることは実はむつかしい。
笠次:
スポーツ現場で大量に発汗している様なときには、腋窩での測定は、汗の影響で信頼できないことも多い。鼓膜温はプローベの向きで変わるので不正確なことが多い。直腸温の測定は、通常の現場では難しいし、10㎝以上深く温度計のプローベを差し込まないとダメである。
従って、日体協の熱中症予防ガイドブックや環境省のマニュアルなど、熱中症に対する対応のフローチャートの中で、体温の計測は必須とはなっていない。現場では、体温の数値よりも、症状で判断するのがリーズナブルである。ただ、心拍数は現場で使える数値である。脱水で循環血液量が確保できていなければ、運動を中止した後もずっと心拍数が高値のままになる。従って、自分の安静時の心拍数、運動時の心拍数とリカバリーの時の心拍変化を測定するクセをつけておくのが良いと思われる。
●対応策
走っている強度を落とし、そもそも筋肉の熱産生を抑える。
送風による熱蒸散が現場で一番使いやすいので取り入れて欲しい(知られていない、行いにくい、実施されていない)WBGTを参考に31度を超えたらやめる。堺RSでは実施継続しているが、多くの練習や大会現場ではやめよう!まだまだやめていない。現場での熱中症は、体温計では無く症状優先(筋痙攣 意識もうろうなど)で判断することが重要である。
●「まさか」
「まさか、自分の周りで起きるとは思わなかったこと」が起きてきた。起きてから気づく
「重度の熱中症はありうる」という準備の気持ちが必要と、我々医務や安全対策委員は何度も、何度も言い続ける。親の教育 指導者の教育 指導者がこどもの性格と体調を見抜く力も必要である。
しんどくても言い出せないときは、生徒と指導者の関係にも原因がある。しんどいときにしんどいと言える関係が重要である。
佐光:
熱中症予防に水分、ミネラル補給はずいぶん語ってきたと思いますが、食事による熱中症予防の
方法はないか? 夏場ネバネバしたものを食べろ(オクラ・山芋・メカブ)とか、唐辛子を多めにとって、汗をしっかりかく(代謝を高める)とか言いますが実際のところどうなのでしょうか?
朝食をとらない子供たちが多くなっているのは問題である。
尾原:
「足がつる」ことに対する注意喚起が必要で、われわれは、事故以前には軽視していた。
「熱痙攣」の症状として対処することが必要である。体協の熱中症予防運動指針について堺ラグビースクールでは遵守している。安全を最優先して、安全には妥協しない。二度と重大事故はおこさない。ラグビー協会関係の事業にても、十分守られていない場合が散見される。
熱中症事故は予防できるといわれている。しかし身の回りで起こっているし、これからも起こると思う。0(ゼロ)にするためにはさらなる活動が必要である。
新井:
熱中症に対しては、「暑熱馴化」と「自分にも、自分の周りでも熱中症が起こりうる」との気持ちを持っておくことが少しでも予防に役立つと思う。「暑熱馴化」に関しては、練習の時だけで行うのは無理であり、日頃の生活から行っていくのが良いと思う。普段の生活でもクーラーを出来るだけ使わないか、使うとしても室温を下げ過ぎないようにする事、練習以外でも日陰でも良いので屋外で過ごす時間を作る事が大切と思う。現在の暑い日本の夏では「熱中症」は起こさない事が一番であるが、起こりうる可能性があると考えて準備をしておく必要がある。その為にも、指導者は当日の気温等天候に関しての情報を確認しておき、選手個人の体調等を練習、試合前に把握しておき、必要があれば練習等への参加を認めず、練習中も常に選手の状態に注意し、状況によっては練習中でも練習への参加を取り消すくらいの勇気(?)が必要である。また、万が一に備え、応急処置の方法、起こった際の対応を火事や地震に対する避難訓練の様に日頃から考えて置く事が重要である。「熱中症」に関するニュース等を「対岸の火事」とせず「他山の石」とすべきである。
外山:
奈良県教育委員会保健体育課の「学校管理下における体育・スポーツ活動中の事故を防止するために」について http://www.pref.nara.jp/item/178179.htm#moduleid11090 この中の「熱中症EAP」を参考にされ、携帯用に使用される事をお勧め致します。今年も熱中症事故のない事を祈念しております。
報告者:外山幸正